私たち「守る会」では、現段階で確認できたいくつかの団体と共に、6月18日付けで「緊急共同抗議声明」を発表しました。京都府下、京都市内の共同作業所、医療機関、当事者団体、家族会を中心に京都以外にもできる限り多く送付しました。その前文は次の通りです。
「小学校無差別殺傷事件」にともなう
小泉首相の『刑法』改悪指示に対する緊急共同抗議声明6月8日、I小学校で起こった児童が8人も殺害され、他に15人の重軽症者を出すという凶悪殺傷事件に対して、被害者のみなさん、そのご家族の方たちの悲しみは言葉に言い表わすことのできないものであると察します。私たちもこの事件を決して容認できるものでありません。
しかし、この事件の容疑者が以前に犯罪を犯しながら、刑法上の実刑を受けることなく、精神病という理由で措置入院し、今回も犯罪を実行する前に、精神安定剤を多量に服用して実行したというような、供述が公表されるや、マスコミの報道は彼の病歴、即ち、精神分裂病と精神安定剤の多量の服用がこの凶悪な犯罪と深く関わっているかのように一斉に報じました。しかし、数日後、容疑者が精神障害者を装っていたとか、犯行前に多量の薬は飲んでいなかったというように報道内容が変化しました。事件が精神障害者、精神科治療の薬を結びつけて報道されたことによって多くの精神障害者に大きな動揺をもたらしました。それだけでなく、一般市民の意識に精神障害者への差別と偏見を助長させてしまったことは事実であり、軽率な報道によりいわれのない苦悩を増大させられた多くの精神障害者に対して各報道関係者はその責任を認識しなければならないと思います。
これら各報道の問題も決して見過ごすことは出来ませんが、それ以上に精神障害者に対する国家施策が大きく変化しようとしていることを危惧します。小泉首相は事件発生の翌日に、刑法の見直しを各関係機関に指示しました。更に、11日には小泉首相の再発防止というのは「保安処分」も念頭におくのかという質問に対して、「今まで過去に検討されながら、なかなかできなかったそういう点も踏まえて、不備があるならただしていかなければいけない」と述べ、「過去いろいろ慎重な意見で、出来ない点もあった。現状維持ではダメだと思いながら変わらなかったこともあった。このままじゃダメだということ」と積極的に刑法を改悪し、保安処分の道を切り開く決意を明らかにしました。この小泉発言は容疑者がどのような人物か、どのような理由で犯行に及んだのか、警察当局が正式に事件の詳細を明らかにしないうちに、「タブーを破ってでも危険な精神障害者から社会を守るのだ」と主張し、圧倒的な国民の小泉人気を背に、精神障害者を危険な人間と決めつけ、彼らから社会を守るあらゆる施策を強行に実施しようとするものです。このことが彼の主張する、恐れず、ひるまず「変革を実行する」ことだとすれば、人類の歴史において、多くの弱者の命と人権を奪った独裁者と変わりがない、と言わざるをえません。
各報道機関も小泉首相発言以後、一斉に刑法改悪・措置入院制度の見直しとともに、「保安処分論議再燃か」と精神障害者に関する法と制度をどう変えるかの論議に変化してしまいました。そこには多くの専門家と称する人たちが登場して、この機に法と制度の早急な改革が必要だと論じています。これまで人権擁護の立場を守ってきた人たちにおいてすら、刑法改悪論者に一変しているのに驚きを覚えます。ある人権派を自負する人が「精神障害者の犯罪率は大変低いのです。ただ、ほんの一部の凶悪な犯罪を犯す人がいるものですから、彼らに対しては刑法をこの際改正してでも社会を守らないといけないと思います。それは多くの精神障害者のためになるのです。」という発言をされていました。なぜ、精神障害者だけ100%絶対に犯罪を犯させない法と制度が求められるのでしょうか。なぜ精神障害者を社会防衛の名でもって予防拘禁しなければならないのでしょうか。つい最近、ハンセン病の人たちに対して国家賠償裁判で彼らを社会防衛の名のもとに長く療養所に隔離政策を続けてきた責任が厳しく問われた矢先であります。
1997年度から1999年度までの法務省が出している犯罪白書には次の実態が示されています。
年度 交通関係を除く刑法犯検挙数 その内
精神障害者その恐れの
ある者合計 全体に対する
比率 1997年 313,573人 647人 1,283人 1,930人 0.6% 1998年 324,263人 634人 1,378人 2,012人 0.6% 1999年 315,355人 636人 1,361人 1,997人 0.6%
最近の精神障害者の人数は約235万人と言われていますので、日本の人口の約1.8%になります。ですから犯罪率も1.8%以上でなければ決して多いといえません。実際は0.6%という低さで、精神障害者以外の人たちの犯罪率の3分の1です。そのなかでも、精神科治療を受けている人の犯罪率は0.2%です。今もなお社会に根強く存在する差別と偏見により、気楽に精神科の治療を受けられない人たちが多いことが精神障害者の低い犯罪率をより高めていることを認識すべきだと思います。その原因は今まで日本政府が積極的に彼らの人権を尊重した医療、ならびに福祉政策等を推進せず、彼らが一般社会で生きるに必要な社会資源をつくることに怠慢であった結果であります。また、精神障害者であるから刑罰を受けないというような誤った認識がされていますが、実際にはそのような事実はなく、一握りのかなり重度の精神分裂病の方たちだけが刑罰の対象外とされているのが現実なのです。そのような精神分裂病の人たちでも、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の整備により、精神障害者が地域で生きていく場が保障されることによって犯罪率もここ数年減少してきているのです。
更に、犯罪を犯した精神障害者の再犯率の増加を主張する人もいますが、毎日新聞(2001年6月10 日)において、厚生労働省の松本義幸精神保健福祉課長は「ほとんどの精神障害者は、社会の偏見のなかでひっそりと暮らす弱者です。ある研究によると再犯率も一般人より高いわけではない。」と述べています。精神障害者の犯罪率は極めて低いのです。再犯のケースも決して高いわけでありません。
先ほどの人権派を自負する人の主張には、同じ病で苦悩している者同士、即ち、精神障害者を分断する考えが秘められています。同じ病で苦悩しながら、同じ病で苦悩している人たちと共に生きられない人間に変えさせられることほど悲しいことはありません。そして、とりわけ精神障害者にとって日々病状が変化するなかで、病気が軽い、重いと決めつけられて、どうして心安んじておれるだろうかと思います。欺瞞に満ちた主張に私たちはだまされたくありません。
精神障害者のために刑法を改悪したり、新法を制定することに断じて反対します。社会防衛の名を借りて「保安処分」の体制を築き上げることを絶対に許しません。長く精神障害者が病院に隔離・拘禁され、閉鎖された社会で多くの命が奪われ、人権が侵害されてきた歴史を私たちは決して忘れません。再びそのような精神障害者の命と人権が奪われることを繰り返さないために、私たちは小泉首相の精神障害者に関する指示の撤回を強く求めます。
2001年6月18日
京都精神障害者の人権を守る会・めぐみホーム・ほっとハウス・バリアーフリーネットワーク・日本基督教団西小倉めぐみ教会・愛隣デイサービスセンター・愛隣館研修センター・日本基督教団向島伝道所